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- 机の中にあった手紙 - 親愛なるエドワード・エルリック ああ、上の出だしは単なる儀礼なので気にしないでくれたまえ。 いまだかつてこんなものを書いたことがないので、多少、形式から外れたところがあっても大目に見て欲しい。 君がこの手紙を読んでいる、ということは私の死亡が高確率で確定した、ということだろう。 渡された時点で予想しているかもしれないが、これは遺言のようなものだ。 といってもきちんとした正式な遺言は弁護士に預けてあるので、そのことも含めた伝言、といったところだろうか。 エドワード、これを読んだらまず同封の書類にサインをし、ホークアイ中尉に渡してくれ。 読めば判るが、それは君の軍属を解くための書類だ。私のほうの署名はすべて入っているから、君がサインすればいいだけになっている。 驚くかもしれないが、エドワード、こうなった以上、君は速やかに軍から遠ざかった方がいい。 私が死亡すれば、君の身柄と進退は軍上層部に委ねられることになるだろう。それは大変君にとって危険なことだ。 最近の軍はおそろしくキナ臭い。 下手をすると、君とアルフォンスの過去を洗いざらい調べ上げられ、君たちが『禁忌』を犯したことを盾に、アルフォンスは拘束。君は都合の良い手駒にされる可能性がある。 君は大層優秀な錬金術師で良い『兵器』になり得るし、アルフォンスは貴重な『魂の錬成』の成功例だ。 何よりも君たちは軍部の秘密に近づきすぎている。 文献や情報を手に入れやすく、莫大な研究費を受け取れる「国家錬金術師」の立場は君にとって捨てがたいものだろうが、アルフォンスを実験材料などにされる危険を思えば、私の言に理を認めてくれる筈だ。 今や軍は君たちにとって危険な場所だ。後ろ盾がないまま留まることは愚挙だろう。 何を置いても軍からは離れたまえ。アームストロング少佐でもホークアイ中尉でも、軍の中にいては君たち兄弟を庇うことは難しいだろうから。 さて、そこで君に国家錬金術師をやめるように薦めた私から提案がある。 といっても私は死んでいるだろうから取引はできないのでね。君には拒否しようがないが。 まあ一方的な置きみやげだと思ってくれて良い。 封筒の中に鍵が二つあっただろう。 一つは、このセントラルにある私の家の鍵。 もう一つは前任地だったイーストシティに残してある私の持ち家の鍵だ。どちらも私邸で軍の息はかかっていない。 この二つの家の書庫に、可能な限り君の役に立ちそうな文献を集めて置いた。 国家錬金術師のみが閲覧可能な文献や情報部の記録の類も、出来るだけ写しを取って保管してある。協力者の名前は伏せておこう。 無論こんな程度では到底、国家図書館には及ばないだろうが、それでも何かの足しにはなるだろう。 集めきれなかった分や、これから図書館に集まっていくだろう文献などは、すまないが諦めてくれ。 いや、君ならばきっと本気を出せばいずれ何らかの形で目にすることも可能だろうね。 やがて「国家錬金術師」などという制度自体が廃止になることも考えられるし、リスクを秤にかけて、文献の類は気長に手に入れる方向で考えた方が得策だろう。 家はどちらもそのまま君たちが利用すると良い。研究施設の代わりにでも使いたまえ。 名刺が入っていただろう? それは弁護士の連絡先だ。彼はグレイシア・ヒューズの親戚筋にあたる人物で、信用できるし腕も立つ。 その弁護士と連絡をとりなさい。 私が死んだら、私の遺したものはすべて君たち兄弟にいくように手配して貰った。 エドワード、君が成人するまでの財産管理も、その人がしてくれる。 私には身内と呼べる者はいないに等しいし、私の遺したものを必要とするような扶養すべき相手の心配もない。君たちに何を遺しても文句はでないので安心したまえ。 邪魔ならばどのように処分しようと好きにしてくれて構わないが、金銭の類はきっと君たちの役に立つだろうから取って置きなさい。 私の貯蓄と二つの家、それから殉職者の遺族に支払われる見舞金。 それと遺族年金の受取人も、エドワード・エルリック宛にしてもらったよ。本来は血縁者が対象なのは知っての通りだが、幸い書類上でも私は君の後見人として記載されているから問題はなかった。 これだけあれば、エドワード、君たちは旅を続けることができるはずだ。 国家錬金術師に支払われる、膨大な研究費。それが手に入らなくなっても、君たちが探求の旅をし、目的を果たし、新しい生活が整うまでの間を支えることが出来うる額だ。 相続に必要なすべての手続きは、弁護士が行ってくれることだろう。 エドワード、国家錬金術師をやめて旅を続けると良い。 そしていつか望みを果たすように。 軍の狗にして置いて今度はやめろという。私を勝手な大人だと罵って構わないが、あの頃と情勢が違ってきていることを念頭に置いて考えてくれると有り難い。 では元気で。 ロイ・マスタング(署名) (ここからインクが新しい) 追記 エドワード。 これは私が遺す、最後のちょっとしたびっくり箱だ。君を驚かせることが出来たなら、私はそれだけで満足だよ。 と、最初はそれだけを思っていたんだがね。 今は少し違うような気がする。 正直に言えば、この計画をしていて、私はずいぶんと楽しかったよ。 どうしてか、なんて聞かれても困るけどね。 エドワード、アルフォンス、どうか君たちのこれからが好運に恵まれるように。 私がこんなことを言うのはおかしいだろうか。 けれど心からそう思う。 君も私も科学者で探求者だ。神など信じないし、幸福というものが形而上的なものであることを知っている。 従って私は君たちの為に祈ることも、君たちの幸福を願うこともしない。 だが、好運に恵まれて欲しいと、それだけは心から願っている。 訪れたそれを、君とアルフォンスならちゃんと掴んでものにすることが出来るだろうと思うからだ。 私はたぶん、君たちを思いのほか気に入っているのだろう。 エドワード、覚えて置いて欲しい。 私は君たちを肯定する。 君たちの在り方を、そっくり在るがままに、肯定しよう。 君の罪科も、後悔も、気高さも、孤独も、喜びも、すべてひっくるめて。 そんな風に思う人間は、きっと私以外にも沢山、存在することだろう。 何があっても、耳を、目を、声を塞ぐことがないようにしなさい。 君が辛苦に対してそのような振る舞いをしないことはよく知っている。けれど歓喜や、君自身に向けられる労り、愛情といったものに対しては背を向けがちであるように思う。 これではバランスが良くない。どちらも等しく君の世界に存在するものなのだから。 科学者たるもの、そんなことではいけない、と私は思う。 続けていれば、世界の扉は君たちの、私たちの目の前で閉ざされてしまうことだろう。 私の言葉はどこへ行くのだろうね。出来たら、君の中に眠らせておいて欲しい。 そうして気が向いたら、眠っている水底を覗き込んでくれると嬉しいと思う。 何だか、とりとめもない手紙だな。 では本当にさようならだ、エドワード、アルフォンス。 君たちの強運を信じている。 友人 ロイ・マスタング (2度目の署名) 「眠る言葉」 end. |
05.6.4~13
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